※ ネタバレありなので読まれる方は注意してください。
空想・妄想オチ
漫画においてやってはいけないこと、これは間違いなく「夢オチ」またはそれに準ずるラストである。有名なところでは「ハイスクール!奇面組」の「空想だった」(厳密には夢オチを匂わせているだけだが、多くの人がそう感じて苦情が殺到したらしい。)がまず思い浮かぶ。
「主人公の妄想だったからの、それもヒロインの妄想だった」というえげつない「東京大学物語」(私はリアルタイムで読んでいた。面白かったのだが、途中からはグダグダになり最後のほうは読んでいなかったので助かった。)も酷いラストで有名なところ。
おそらく最も酷いと思われる「代紋TAKE2」(エンブレム テイクツー)、私は全く読んだことがないので良かったが、「実はゲーム内の話であり、登場人物もすべてゲーム内のキャラだった」は、あまりに酷い。
こういうメタ的な要素は、小ネタやギャグであればちょっとしたアクセントになるが、オチに持ってくると全てが台無しとなる。それを分かって敢えてやっているのだろうが、分かっていてもやるべきではないと思うのだが…誰か止める人はいなかったのか。
なぜ「夢オチ」をやってしまうのか
逆に聞きたいが、こういう夢オチ系統のもので成功したとか、高い評価を受けたものってあるのだろうか。もちろん、ギャグや短編ではなく、物語として長く続いたものの夢オチで。そこでちょっと考えてみたのだが、こういうのはどうだろうか。
最後のコマでカメラがひいていくと、さっきまで読んでいた漫画を描いている漫画家が映る。読者が読んでいた漫画は、実は漫画家が投稿しようとして書いていた漫画だった。漫画そのものだと思っていたのが、実は漫画のなかの漫画家が描いている漫画だった。
ちょっと何言っているがよく分からないが、いわば漫画内漫画といったものだ。メタのようでもあるが、実は元の漫画も漫画内漫画も同じものなのではないか。本体と鏡に映った姿は別のものだが、鏡に映った姿と鏡に映る鏡に映った姿は同じものではないのか。
とにかく、「夢オチ」は漫画でやってはいけないことには間違いない。そもそも、最後の付け足しのようなものなのだから、付け足さなきゃいいし、描かなけりゃいいだけなのにと思うのだが、描いているほうは本当にどういう心理なのだろうか。
やったほうがいいもの
逆にやってはいけなさそうで、実はやったほうがいいのは「後付け」である。実は宇宙人だったとか、実は王の血を引いていたとか。もちろん、最初からそのつもりで描いている場合もあるだろうが、ほとんどの場合がどうみても「後付け」である。
しかし、ドラゴンボールしかり、キン肉マンしかり、「後付け」設定のおかげで人気も出たり盛り上がったという漫画は数限りなくある。もはや伏線回収より後付け設定の方こそが人気が出る要因といっても良いのではないだろうか。
私の大好きなジョジョもそうだが、「整合性よりも勢い」が勝つのは間違いない。面白けりゃそれでいいのだ。最後に伏線未回収というか未だに謎とされている「ジョジョの第4部における仗助のリーゼント」について、興味のあるやりとりがあったので紹介する。
Yahoo!知恵袋の回答
4部が始まった頃
● 何故このマンガの主人公は髪型をけなされるとキレるのか?
● 理由も無くキレるのではただの粗暴な変人で、これでは読者の共感は得られない。
● 髪型をけなされて怒るなら、その理由をかくべきとジャンプの新人賞結果発表で鳥山明先生が、ある作品(たぶん佳作)を酷評していました。
その1~2週間後、リーゼントヘアの少年のエピソードが突然ジョジョで登場する。
「荒木先生…鳥山先生の酷評を見てあわてて付け足したな…」と連載当時思いました。
これが本当なら面白いのだが、どうなんだろう。ただ、どうだろうと第4部は面白い。

