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家でやっていたパソコンゲームの話(1980年~)

ゲーム

武田鉄矢のパピコン

私が最初に触れたパソコンはNECのPC-6001というやつで、当時は「パピコン」と呼ばれ武田鉄矢がCMをやっていたと思う。これを何故か親父が買ってきて何故か私が使っていた。その経緯はよく覚えていない。誕生日のプレゼントとかでは無かったのは覚えている。勉強の一般として買い与えられたのだろうか。

アンテナとテレビをつなぐRFケーブルでの接続が可能だったので、家のテレビにつないで出来る。これも売りの一つだったと思う。かなり初心者向けというか(初めて触れるパソコン)として、小・中学生といった低年齢層をターゲットにしたパソコンだった。

データのやりとりはカセットテープ。ひとつのゲームをロードするのに10分とか30分かかっていた。「ビーーーー、ガー、ガー、ヒョロヒョロー、ガー」というファックスと同じだが少し音程の低い音だったような気がする。他にも、漢字ROMカセットとかモデムなども周辺機器としてあった。

いつも店頭で「欲しいなぁ」と思いながら見つめていたが、予算に限りがあってゲームを買うだけで終わっていた。しかし、今考えたら「漢字」も「通信」もできたところで大したことはできない。ただ、そういったものに対する憧れが大きく、とにかく「未来」を感じさせるものには大きな憧れを抱いていた。

オリオンとクエスト

ゲームと言っても解像度も発色も大したことはないから、カセットビジョンに毛の生えた程度のゲームしかできない。それでも楽しかった~ただ、思い出補正でそう感じるだけで実際は今やったらつまんないだろうし、絶対今のゲームの方が面白い。でもその時は毎日やっていた。

それがアスキーから出ていたAXシリーズのAX-5(6だったっけ?)の「オリオン」と「クエスト」である。オリオンはスターウォーズ系の前から来るどんどん大きくなってくる敵を打つシューティングで、クエストは迷路内で酸素を補給しながら敵(オバケ)を打つゲームだった。

今となってはスマホで出ても「クソゲー」認定されるほどの出来だが、当時としてはマシン性能の限界をいくアイデアとプログラムで、動きはスムーズだし音も感じも雰囲気がよく出ていた。他には「あのゼビウスがPC-6001で!」という触れ込みで出た「タイニーゼビウス」も買った覚えがある。

もちろん、ゼビウスの世界観も面白さも全く再現されていなかったが、当時は「家でできる」ということ自体が優越感があり嬉しかった。さらに昔の話になるが、平安京エイリアンとかパックマンとかクレイジークライマーとか、それらヒットしたアーケードゲームを模した家庭用の専用機というのはよく売られており、再現性はゼロに近いのだが、ゲーセンのゲームが家でできるというので、結構売れていた。

X68000

それから10年近く経ち、とうとう私は自分でパソコンを買った。フロッピー2基にHDDを積み、当時としてはかなりのハイスペック。みんなが憧れたX68000である。初めてのボーナスはこれを買うと決めていた。決め手になったのが、ゲーセンではなかなか先に進めなかった「源平討魔伝」の発売である。

「お前の力はそんな者か!」とババアは喋るし、グラフィックは美麗。しかもサクサク(ちょっとカクカク)動く。本当に家でこれだけのものができるとは。まさに再現度は100%、衝撃だった。その後、ドラゴンスピリットとR-TYPEとパロディウスを買ってやった覚えがある。

さらには「C言語」コンパイラも買って、競馬予想のソフトらしきものも作ったりした。あの時もっと頑張っていたら転職して、いまやカリスマSEになっていたかもしれない。いや、ネット業界に身を託して「ひろゆき」のバッタもんくらいにはなっていたかもしれない。惜しい。

それから10年ほどして結婚してVAIOのデスクトップを買ってISDNで通信したりしていたが、もうパソコンはゲーム機では無くなっていた。その頃のゲームは、もっぱらPSとかPS2でやっていた。ビブリボン、サルゲッチュ、パラッパラッパー、IQ、女神転生3、ドラクエ7…楽しかったなぁ。

今でもガチ勢は家の超高性能パソコンで凄いのをやっているのだろうが、一般ユーザーにとってはもう、ゲームはゲーム機かスマホでやるものになってしまった。そういえば、記念となる私が家でやった最後のパソコンゲームは、X68000の「くにおくんの熱血ドッジボール!」だったかもしれない。(題名はちょっと違うかも。)

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