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「検非違使」が分かる貴方は、日本史好きかゲームおたくか。

ゲーム

平安京エイリアン

1960年代生まれのゲーム好きなら知っているであろう、平安京エイリアン。1980年にアーケードゲームとして登場しているというから、当時私は11歳。京都の親戚に家に遊びに行った時には、その親戚の家の近くのゲーセンでこの平安京エイリアンを、1回50円でよくやっていた。

それも大政奉還の奏上がなされた二条城の近くの店だった。そんな歴史ある京都の、それも二条城のそばで平安京エイリアンをプレイしていたとは、なかなかのエモいシチュエーションだが、当時の私は考えもしなかった。

そもそも平安京エイリアンのプレイキャラクター「検非違使」も、「夜露死苦」(ヨロシク)と同じように「ケビイシ」を雰囲気を出すため無理やり漢字にしてるんやと思ってた程度だった。そのケビイシが日本語で、平安時代の平安京で今の警察の役目をしていた官吏だったとは、大人になってから知った。

東大生が作ったゲーム

平安京エイリアンは、1979年東京大学の理論科学グループ(TSG)が開発したゲームで、当時は「東大生が作ったゲーム」として、各メディアで取り上げられ有名だったのだが、私はそれも知らずに、単純に面白いからプレイしていた。

アーケードのほか、1980年に学研からゲーム機として、またハル研究所からは、コモドールVIC-1001用のカセットとして発売された。私は学研のゲーム機のほうを持っていたおぼろげな記憶がある。

この頃、他にゲーセンで遊んでいたのは、「ルパン三世」(タイトー)とか「トランキライザーガン」(セガ)など。「トランキライザーガン」は、当時は題名など気にせず遊んでいたのが、最近そういうタイトルだったことを知った。ちなみに、「トランキライザーガン」は、ゾウやライオンを麻酔銃で撃って眠らせ、トラックに積み込むという内容。

今なら動物保護団体からクレームがつきそうな内容だし、「トランキライザー」は正確には抗うつ剤らしい。色々とおおらかな時代だった。

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