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幼年期の終わりを読了した

小説

その結末は

(以下、ネタバレありのため注意してください。)

前回の記事でおおよそ半分ちょいを読んだところでの感想や、結末の予想をしたところだ。その予想は「地球外生命体」の目的は「人類の家畜化」か「地球を乗っ取る」か、などというありがちな予想だった。つまらない予想であることは自分でも分かっているが、本書「幼年期の終わり」はかなり古い作品もあるし、そこまで破天荒で奇をてらったような結末ではないだろうという読みもある。

前回の記事

そして、実際はどうだったかというと、一言で言うと「良くわからなかった。」が、おそらくはこうだ。人類がその超越した科学力から「オーバーロード」と読んでいた地球外生命体は、さらにその上を行く「オーバーマインド」から指示を受け、人類の進化を見守っていたのだった。

その進化と言うのは、人類が個として実体としての意味がなくなり、意識の集合体となることをいう。そして、その力は遠く他の天体を動かすまでに及ぶが、やがてオーバーマインドと同化し取り込まれてしまう。という感じだろう

地球外生命体の役割

その進化は、既に意識の形成がなされている10歳以上の人類には及ばない。またその進化はいつどの個体に発生するかは分からない。よって、それが監視下にない人類において起こってしまうと、人類は二分化され進化ぜす取り残された上の世代には絶望感しか残らず、悲惨な最期を遂げることになる。

進化した子供たちはいずれは昇華されオーヴァーマインドとなるが、そうなる前に残された人類の破滅行為に巻き込まれてはいけない。それを避けるため人類をはるかに超越した存在である(地球外生命体=オーバーロード)によって人類に「完全なる環境」を与え、人類の精神安定と非核化を実現した。

う~ん、こんな理解でいいのかどうかも分からないし、これが「面白い」のか「興味深い」のか「納得できる」のかもよく分からない。ノンフィクションの場合なら事実をありのまま伝え、あとは読者の感じ方に任せるという立場も分かるが、この作品はあくまでフィクションであるから、小説としての目的(存在意義)は何なんだろうか。

小説の目的(存在意義)

とはいえ、ノンフィクションであっても舞台や物語を借りて問題提起や意見の提示をすることはあるから、この作品が(あくまで私の感想だが)「面白い」「興味深い」「納得できる」ものでなくともいい訳だし、自分の理解力や感受性の欠如を棚に上げて作品にケチをつけるのはどうかと我ながら思う。

ただ、子を持つわが身として(みな10歳を超えているが)子供が意識体となり、意思の疎通ができず、さらには描いていた未来がなくなるのは絶望でしかない。ただし、それを止める手立てもない状況で、何を思えばいいのだろうか。そこに希望がないところが残念である。

私はそもそも映画もそうなのだが、「泣いたり笑ったりスカッとしたい」ので、例えば苦手なホラー映画などは「怖がるために見る意味がわからない」という質(たち)なので、こういう何か「考えさせられる」話は合わないのだと思う。ベタでも勧善懲悪とかハッピーエンドでないとダメなのだ。そういう人は多いのでは?

評価と採点

流石にSFの古典かつ名作と言われるだけの、スケールの大きいよくできた話だというのは分かる。地球外生命体の目的や姿は意外でありかつ納得もできるもので、荒唐無稽のスペースオペラではなく、きっちりとしたSFになっていると思う。

しかし、繰り返すように最後は「子供の未来も人類の未来も、人類は取り返して終わる」とか「人類がオーヴァーマインドとなって、宇宙を支配する」とか、そういう(あっというまに低俗な小説になるかもしれないが)気持ちよい終わり方になってほしかった。

採点は難しいが、あくまで私個人が「面白かった」かという観点から採点すると、60点。前半は単純に「どんな姿をしてどんな目的があるのか」とドキドキして読んでいた。その頃なら90点はあったかなぁ。

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