SFの古典
SF(サイエンス・フィクション)作品は、漫画や映画では結構触れている。火の鳥をはじめとした手塚治虫の諸作品や、藤子・F・不二雄の短編集などは大好きだし、エイリアンや猿の惑星に始まりインターステラ―などの素晴らしい映画もちゃんと見ている。しかし、小説となると一時期SFのショートショートなどを読んだりはしていたが、長編はあまり読んだことがない。
2001年宇宙の旅と2010年宇宙の旅はどちらも読んだが、どっちも正直よく分からなかった。名作と誉れ高い「星を継ぐもの」も読んだが、私にはピンとこなかった。ただ(これも世界的名作と言われる)「アルジャーノンに花束を」がSFに入るとすれば、私にも理解できたし本当に素晴らしい作品だった。
今回、この「幼年期の終わり」を読みだしたのは、たまたま図書館で見かけ(確か、アーサー・C・クラークの名作で、SFの古典だよな。)と思って手に取ったというもの。「幼年期の終わり」という題名にそそられたというものある。SFだけに「幼年期の終わり」とは、地球だったり文明のことを言っているだろうが、どういう話なんだろう。
SF小説の特色
SF小説と言ってもかなり幅は広いと思われるが、多くの人が持つ「SF」のイメージは「なんとなく難しい」というものだろう。知らない言葉がたくさん飛び交ったり、「みんな知ってて当たり前」のような前提で書かれているが、「何を言ってるかちょっと分かんない」ということが多く、とっつきにくいといった感じ。
確かにそれはあるが、ややこしい数式や理論はおいといて(とんでもなく速いロケットに乗れば、時間が経過が遅くなる。そんなロケットで他の星に行って帰るのに1年かかった場合、地球では100年の時間が経過することになる。)なんて説明さえ読んで、そこさえ理解していればいいのだ。
逆に言えば、科学や数学に詳しければ詳しいほど小説の内容に疑問や矛盾を感じて心底楽しめないとすると、知らない方がかえって純粋に楽しめるのではないか。ただ、本当は詳しいほうがより楽しめるような作りになっているのは否めない。(なるほど、その理論構成なら有り得ないこともない。なんてね。知らんけど。)
あらすじと予想
今ちょうど半分あたりを過ぎたところだが、ざっくり言うと「地球外生命体」の話である。その見た目や知的水準は分かっているが、地球に来たりその後の行為の「目的」が明らかにされていない。という段階。またある者がその「地球外生命体」の星へ行く試みをするというところ。ここでやはり「時間差」の問題も出てくるのだろうか。
まだ謎は多く、これからどうなっていくのか、どんな結末になるのか楽しみなところである。せっかく(読んでいる途中のレビュー)なので、予想してみよう。当たっていれば凄いし、外れ方の振れ幅が広ければ恥ずかしいが面白い。これがファンタジーならなんでもありなので予測不能だが、SFだけに整合性のある話のはずだから予想に難くない。
「地球外生命体」の目的は…「人類の家畜化」、これはありきたりに過ぎる。「地球を乗っ取る。そして地球をクリーンな状態で乗っ取るために人類を無害化(非核化)しておく。」これもつまらない。「実は地球外生命体は霊魂であって、見えているのは容れ物にすぎない。地球にいる霊魂は昔の仲間で…」これもダメか。もう予想はやめて、続きを読もう。


