一平二太郎
司馬遼太郎が好きで氏の作品は随筆、対談、紀行もの以外はほぼ読んでいるが、俗に「一平二太郎」と言われる他の池波正太郎、藤沢周平は全く読んだことがなかった。そこで、私も先の人生の方が短い歳にもなったし、そろそろ読んでおこうと思い、まずは池波正太郎の「西郷隆盛」を読んでみることにした。
池波正太郎といえば、三大シリーズと言う言われる「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」が有名でもあるし、きっと面白いのだろうが、これらは人物や時代背景は史実に基づくものの、内容(又は人物)は創作(間違ってたらごめんなさい)と思われ、まずは私の好みである史実に基づく話を読もうと思い、この「西郷隆盛」を選んだ。
もちろん、史実に基づいたものといっても挿話には多少の創作があることは分かっているし、そもそも一般的に事実と言われていることさえ真実であるかどうかは分からない。しかし、流石に大筋は変えられない。信長は本能寺で倒れるし、竜馬も近江屋で最期を迎える。それがリアリティであって、創作の場合そこを作者が選べるというところがどうしても気になってしまう。
例えば、ケンシロウがラオウに負けるとか、悟空がフリーザに負けるという結末もあり得るということだ。ただ、そんな「結末を作者が選べる感」が気になったり、それがリアルタイムで読んでいる際に面白さを削っていたということも無かったのだが。
さて、その初めての池波正太郎作品である「西郷隆盛」は、率直に面白かったし、なにせ読みやすかった。ある程度、話を知っているというのもあるが、やっぱり上手い作家というのは面白い=読みやすい。(読みやすいというのは文体や読ませる上手さもあるが、その7割方は「面白い」からと私は思っている。)
司馬遼太郎との比較という訳ではないが、その語り口は作者の分析や感想を書くというよりは、読者に問いかけるようなものであり、史実をより客観的・俯瞰的にナチュラルな気持ちで感じることができた。次は本丸の「鬼平犯科帳」に挑戦してみよう。
初めての「藤沢周平」
記事の本題である藤沢周平の「義民が駆ける」だが、実は初めての「藤沢周平」はそれでなく「逆軍の旗」という短編集である。なんとなく手に取ったもので短編集であることは後で分かったのだが、表題作である明智光秀を書いた「逆軍の旗」が特に良かった。
淡々と書いている印象だが、沁みるように登場人物の思いが伝わってくる。題にも逆軍とあり一般的にも明智光秀は逆賊という立場で語られることが多いが、好意的とまではいかなくとも明智光秀の置かれた立場や状態をフラットな視点で描き、「裏切者」との印象をクリアにすることに成功している。
初期は「暗くて重い」と自ら述べるように、その作品群は地味で陰があった藤沢周平だが、1976年に連載された「用心棒日月抄」あたりから、抒情性やユーモアを含んだ作風に変化があったという。この「逆軍の旗」もそんな変革期に書かれたようで、流石にユーモアは感じないが、豊かな抒情性を感じることはできた。
とはいえ「暗殺の年輪」で直木賞を受賞したのはその4年も前の1972年というし、書き手のしての実力は既に御墨付きのところ、この頃より物語性が増し、さらには1980年代に至ってユーモアを含んだ娯楽性の強い作品を生み出し、1988年には代表作との誉れが高い「蟬しぐれ」が刊行され高い人気を得るというから、長きにわたり高いレベルを維持していたことが分かる。
次は是非とも「蟬しぐれ」を読んでみたい。ほかには映画化され高い評価を得た「たそがれ清兵衛 」やシリーズ化されドラマにも多く採用された「用心棒日月抄」シリーズも読んでみよう。
本題の「義民が駆ける」
ここでようやく本題の「義民が駆ける」を読んだ感想に至る。まずはその内容であるが、舞台は江戸時代の後期、天保11年(1840年)に庄内藩(本書中では荘内藩と書かれている)で起こった「天保義民事件」を題材とし、江戸時代の三大改革の一つに数えられる「天保の改革」で名高い水野忠邦が画策した「三方領知替え」に対して領民(百姓)が反対運動をした話である。
「三方領知替え」とは、大名が収める領地を交換する(別の領地へ転封される)「領知替え」を3国により行うことで、江戸時代には十数回行われている。その理由は藩主が幼少により統治が難しいとされたり、他には懲罰的要素から石高を減するためなどである。本書で取り扱う川越藩、庄内藩、長岡藩による三方領知替えは中でも最も有名でかつ唯一沙汰止み(取り消し)となった領知替えである。
私は「三方領知替え」も「天保義民事件」も知らなかったが、「天保義民事件」はわりあいと有名な事件のようで、立ち上がった領民たちのスローガンであった「百姓と雖(いえど)も二君に仕えず」という言葉も古くから伝わり今に残っているという。
というように私は唯一「天保の改革の水野忠邦」だけを知っているという状態で読んだのだが、池波正太郎の「西郷隆盛」とは違って読破するのに時間がかかった。まずは正直、読み進めたい気持ちにあまりならなかった。これは書き手の巧拙によるものではなく、題材によるところが大きい。
やはり「命を懸けて戦(いくさ)をする」とか「天下を取る」といったものと比較して、「領知替えを阻止する」ではちょっとドキドキが足りない。命が懸かってないこともないのだが、実際に処刑までは無かったようだし、なりそうでも無かったように読めた。
水野忠邦がしてやられたところは痛快だったし、沙汰止みとなって領民たちが喜ぶところはジーンときたが、そこに至るまでがあまりにも平坦だった。読後感もそこまでよくは無かった。人におすすめできるかと言うと、小説としては微妙かと。採点は65点。

