小説に求めるもの
高村薫は「レディ・ジョーカー」以来の2冊目である。「レディ・ジョーカー」は重厚で読みごたえはあったが、面白かったかと言われると私は正直面白くはなかった。おそらく、自分が求めているものと違ったからだろう。
私が小説に求めるのはとにかくエンターテイメントであって、人間とは何かとか組織とは何かとかそんな難しい問題は求めておらず、単純にアッと言わせてほしいとか、スカッとしたいとかブルブル震えたりしたいのだ。
この「マークスの山」は巻末の解説にもあるとおり、ミステリではない(作者本人もミステリを書いたつもりはないと言っているらしい。)と思う。かといってそこに書かれている「本格小説」というのもよく分からない。やっぱり「刑事小説」「警察小説」ということになるんじゃないだろうか。
そうやって読めばまだしもミステリを読む感覚で読むと、説明が冗長で登場人物も多く分かりにくく読みにくい。「直木賞」を取って、「このミス」でも1位になっているというが、あまり人にはおすすめできない。
望むのはエンターテイメント
小説が芸術かどうかは知らないが、絵はただ「綺麗ないい絵だな」音楽も「いい曲だな」と思われるものがいいものであって、技法が凝らされていたり内容が崇高なものが良かったり素晴らしいものとは思えないし、そんな難しいものを人には勧められない。
本書では警察や国と言った組織と、それを構成する個人の問題を描きたかったのは分かるが、その矛盾や無情さを描くのではなく、嘘でもいいからそれを打ち破ってスカッとしたい。少なくとも私が読みたいのはそれなのだ。
ダイハードのジョン・マクレーン刑事とかビバリーヒルズ・コップのアクセル刑事などは、おそらく懲戒解雇になるだろうし、そもそもやってることは違法だろうが、そんな奴実際にいないからこそ観たいのだと思うのだが。
実際は組織には勝てないし、圧力もかけられてやりたいこともできないのが実情だが、そんなのを聞かされてもつまらない。それを嘘でも突き破るから面白いのだ。とはいえ、それを問題提起としてこうやって小説に起こすが悪いとは言わないが、それじゃドキュメンタリーと変わらない。
それが分かっていたら私も読まなかったのだが、「このミス」でも1位になっているようにミステリーだと思って読むからいけないのだろう。
率直な感想
ここからはネタバレを含みます。
なお、私は読んだのは「文庫本」版で、単行本からかなりの加筆があり、読んだ印象もかなり違うらしい。両方読んでいない私に優劣はつけられないが、文庫本の方が読みやすいという口コミは多かった。
しかし、レビューなどを見ると「読みづらい」「読むのに時間がかかった」という口コミが多く、それで面白いと言えるのかという疑問が沸いた。再読すると物語の流れや人物がスッと入ってきて、面白く感じるのかもしれないが、私は再読するつもりはない。
では私の素直な感想を少し。
水沢(統合失調症の殺人者)が、人を殺していく動機がよく分からなかった。分からなくもないが、動機として弱いというかあまり納得できない。精神病を患っているからというならそれで仕舞いだが…この登場人物は必要だったのか?
捜査にかかる圧力が結局どこからどうかかっているのかが、具体的によく分からないので、巷の陰謀論とさして変わらない気がした。
書きたいことが多いのか詰め込みすぎな気がする。提起された問題も多いし、その一つひとつの描写もくどい。
最後に強く共感した口コミを紹介する。「つまらない小説ではないのだけれども、なんか物足りないというか、一味足りない感じがした。」私の読後感がまさにこれだった。
本当に面白い小説は最後の何分の1かのページは、先が読みたくてたまらなくページをめくる手がとまらないが、それも無かったし、読後の「ああ、もっとこの世界に没頭したかった」とかとにかく放心するとか、体が動かずぼーっするようなことも無かった。
点数をつけるなら・・・68点!


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