MTVジャパン
私が洋楽を聴きだしたのは、中学から高校生になるあたりだったが、当時は今と違ってネットもスマホもない時代だから、曲を聴くのも情報を仕入れるのにも限りがあった。最初に洋楽に触れだしたのはテレビでやっていたMTVジャパンだったと思う。
ちょっと調べてみると、私が見ていたのは次の二つのようだったので、厳密に言うとMTVジャパンでは無かったようだ。
ひとつは、ABCテレビ(朝日放送テレビ、大阪6チャンネル)で1984年10月から1988年4月にかけて放送されていた「MTVミュージックテレビジョン」という番組で土曜日の深夜にやっていた。確かに深夜に見ていた覚えがある。
もうひとつは、KBS京都(34チャンネル)とサンテレビ(36チャンネル)で1983年12月から1994年9月にかけてやっていた「ソニー・ミュージック・ティーヴィー」で、こちらは毎週金曜深夜に放送していたとある。しかし、こっちは夕方に見ていたような記憶もある。再放送か、別の番組なのだろうか。
そこで仕入れた曲名やアーティスト名から、レンタルショップに行き、CDを借りてカセットに録音してウォークマンで聴く。そんなルーチンだった。借りたCDのライナーノーツで初めてそのアーティストの情報やディスコグラフィを知る。スマホもネットもない当時、そうするほかなかった。
エルトン・ジョン
その頃借りたので覚えているのは、シンプルマインズとか、トンプソンツインズとか、エルトン・ジョン。しかもエルトン・ジョンはアイス・オン・ファイヤー。MTVで流れていたのが、悲しみのニキタ(Nikita)とかラップ・ハー・アップだったので。
その流れで、今では代表曲にさえなりつつあるアイム・スティル・スタンディングの入ったトゥー・ロウ・フォー・ゼロあたりを聴き、それはそれで良作でありエルトン・ジョンも好きで良く聞いていた。
しかし、後になって黄昏のレンガ路(Goodbye Yellow Brick Road)やピアニストを撃つな!(Don’t Shoot Me I’m Only the Piano Player)を聞いて驚いた。こっちやん!これやん!ってね。
これはもったいないようで実は良くもあると思う。今は、聞いてみたいと思ったアーティストなら、まずはネットで調べて人気があり名作と言われるアルバムから聴く。となると、最も良いアルバムを最初に聞いてしまう可能性が高く、後は落ちるだけとなる。となると聞くのを躊躇してしまい、ならばと別のアーティストの名作に走りがちである。
実際は聞いてみないと分からないのに。そんな感じで、今は便利になった反面、そういう出会えそうにない出会いに会える可能性が減っているところは、すこしさみしい気もする。動画なんかもそれまでの視聴傾向から同じようなものばかりおススメに上がるので、新しい出会いは減っているような気がする。
意外な出会い
服なんかもそうだが、自分でばっかり買うとどうしても似たようなものしか選ばない。最後にこれも随分昔の話だが、私の意外な出会いについて書いておこう。
夜の9時くらいだったか、自動車教習所から帰る送迎バスの中で、どこかのラジオがかかっていた。FMだろうけど、渋い洋楽を流すくらいだからNHKとか802ではなさそう、だとするとFM大阪だったろうか。「では、リクエスト曲を2曲続けてどうぞ。」と、リスナーからのリクエストが流れた。
「ボブ・ディランのオン・ア・ナイト・ライク・ジス(こんな夜に)と、エリック・クラプトンでワンダフル・トゥナイト」
心に響いた
MTVからスタートし、当時の80年代後半のワムみたいな音楽しか知らず、情報も限られていた私だから、ボブ・ディランもクラプトンもまともに聞いたことは無く、詩が凄い、ギターが凄いというあまりにベタな情報しかない上、当時は詩やギターに魅力を感じておらず、自分には合わないとも思っていた。
教習で疲れていたからか、夜遅く空が真っ暗だったからなのか、両曲とも凄く心に響き、すぐにメモを取ってすぐにアルバムを買いに行った。それからボブ・ディランのプラネット・ウェイヴズも、クラプトンのスローハンドも聞きまくった。特にクラプトンのスローハンドの1曲目「コカイン」には痺れた。
こういう出会いってくなくなったのは、情報が溢れているのと、あとは歳で感受性が下がっているからかなぁ。

